Vol.72024.7.24

農業に「就職」した東京出身サラリーマンの転身プロセスと、結婚相手にも出会い、新居も建てた具体的事例大研究!

Vol.72024.7.24

農業に「就職」した東京出身サラリーマンの転身プロセスと、結婚相手にも出会い、新居も建てた具体的事例大研究!

楠 和之さん(43)

  • 移住前の居住地

    :埼玉県さいたま市
  • 移住前の仕事

    :書店の営業職
  • 移住後の居住地

    :山口県阿武郡阿武町
  • 移住後の仕事

    :農事法人組合従業員

仕事として「農業」に興味がある人は少なくないのでは。しかし「食べていけるのだろうか?」「仕事はきつくないだろうか?」「そもそもどうやって始めるの?」などの不安がすぐに頭をもたげてくることでしょう。今回はそんなあなたにぜひ読んでいただきたいお話です。

東京出身、就職してからはずっと埼玉でサラリーマンをしていた楠さんは、2019年に山口に移住しました。移住後に就いた仕事は農業。しかしいきなり自営農家を始めたわけではありません。まず1年間の山口県立農業大学校での研修(受講料は無料、しかも、楠さんの場合は研修期間中に月12.5万円、年間最大150万円の補助金を得られた)を受け、2年目から農業法人に「就職」するという手堅いスタイルです。

楠さんは今回、一番気になる農業の「年収」についても、後進の方のためにときっぱり公開してくれました。山口に来てから出会い、結婚された奥さんとのこともズイズイッとお聞きしたお話など、盛りだくさんでお届けします。

「向いてないかも」と思い続けた営業職15年

東京、国分寺市出身の楠さん。山口に来る前のお仕事は、埼玉にある老舗大型書店の営業職でした。書店に就職したのは「本が好きだから」。そして好きなことで人の役にたてたら、との思いで新卒入社したのが前職のお勤め先です。
ところが…。

「入社後半年ほどで営業に配属になってしまったんです。学校に教科書を供給するのは取次書店と言われる各地の書店の仕事なのですが、その担当。お客様の本探しのお手伝いをしたり、売り場づくりをしたりといった、普通にみなさんが持っているあの書店員のイメージに憧れて、私も書店に就職したのですが、辞令を受けて『まさか』と思いました。もう最初から営業は向いていないな、という気持ちはくすぶっていたと思います。15年続けましたが。でもこの営業経験のおかげで、体力は付きましたね。教科書の束を担いで校舎の4階まで上がる!なんてやっていましたから。本って重いんですよ(笑)」

父の会社の倒産、裁判、そして父の死…。山口へ、の思い

いつ頃から「移住」を考えるようになったのでしょうか。

「『中国の隠者』(井波律子著)という本がありまして。老子や荘子など中国の偉人たちが権力や社会の前線から脱し、隠匿生活を生き生きと送った様が描かれている本です。学生時代のある日、通学中の電車の中で読み始めて、新宿駅に着く頃には『自分もそんな風に生きられたら』と強い憧れの気持ちを持ったことを覚えています」

「山口」だったのはどうして?

「祖父母が山口県岩国市に住んでいて、小さい頃から家族でよく帰省していました。岩国が原風景として心に刻まれているのか、大人になってからも山口にはずっと、惹かれるものがありまして」

なるほど。子供の頃から抱く山口への懐かしさ、学生時代に抱いた理想の生き方、望みどおりにはいかぬ仕事への閉塞感…。そしてもう1つ、楠さんの選択に大きな影響を与えた背景がありました。

「父が定年退職後に起業して会社経営をしていたのですが、リーマンショック後に経営が傾き、取引先と裁判になりました。そんな中、体調を崩した父は2009年に他界してしまったのです。しかし、取引先との裁判は父の死後も続きました。国分寺にあった実家を手放すことになったり、母と姉の住まいを整え直したりといろいろありました。少し時間がかかりましたが、2015年に父の会社の裁判に決着がつき、そこから真剣に移住を考えはじめました」

移住準備、仕事探し本格化―それまで考えたこともなかった「農業」という選択肢の発見

山口県に移住する決意をした楠さん。さしあたっての問題は「仕事をどうするか」です。情報収集を進める中、ある時東京で開催された山口県主催の「おいでませ山口!UJIターン就職説明会」に足を運びます。

「山口から20社程の一般企業が集まっていたのですが、そこに混じって、やまぐち農林振興公社という、山口の農林水産業の担い手確保を目的とする県の外郭団体がブースを出していました。全体的にどのブースも賑わっていたのですが、そこだけとても静かで。なんだかご担当の方も寂しそうだったので、私から話しかけてしまいました(笑)」

この時の農林振興公社のご担当、清水さんとの出会いが楠さんの背中を力強く押すことになりました。清水さんから農業や林業への就業について詳しく聞いたことで、これまで考えていなかった農業への興味が俄然湧いてきたといいます。

「最初は山口県の一般企業への転職を考えていたのですが、収入も首都圏の会社勤めよりは減るだろうし、その当時は40歳になる少し前のタイミング、中途採用も色々心痛するなあと、気がかりは大きくて。でも清水さんの話を聞いて急に、農業という選択肢の存在に瞠目したというか、農業に対する印象が大きく変わったんです。考えてみれば、前職のおかげで体力には自信がありましたし、なによりスキルが身につくのがいい。それに、農業は健康であれば65歳をすぎてもずっと働くことができる職業です。これだ、と思ったんです」

手前右が清水さん。就農のご相談は「やまぐち農林振興公社」まで!

さらに、山口県に実際に足を運ぶ「移住ツアー」にも参加したそう。

「ツアーで、山口県立農業大学校にて就農のための研修中だったいわば「先輩」移住者の方から、研修制度の内容やお金のことについて詳しく話を聞くことができました。前職をやめて1年目は何かと社会保険料が嵩む、というような細かい話もしてくれて。先がよりクリアに見通せるようになり、不安感も消え、本当に参考になりました」

その感謝の思いから、「逆の立場になったら自分にもできることを」ということで今回のインタビューを快く引き受けてくださった楠さん。お人柄が取材陣の心に沁みいります…。

ちなみにですが、ツアーに参加した際には「YY!ターン支援交通費補助金」の制度により、東京から新山口駅までの新幹線往復交通費について、約2万円弱が補助されたそう。移住を検討している方であれば、視察や下見などで山口を訪れる際に利用できるものです。ぜひチェックしてみてください。
>> YY!ターン支援交通費補助金

また、移住を検討している方向けのツアーとしては、オーダーメイドのツアーや市町主催のツアーなど、様々なツアー情報を山口県移住相談窓口「やまぐち暮らし東京支援センター」でご案内しています。こちらにもぜひお問い合わせを。

山口県移住相談窓口 やまぐち暮らし東京支援センター
やまぐち移住コンシェルジュ
平尾・中村
就職相談員
村上
相談時間
10:00~18:00
(月曜日、祝日、お盆・年末年始は休み)
連絡先
東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館8階 NPO法人ふるさと回帰支援センター内
TEL: 03-6273-4887 / FAX: 03-6273-4404※出張等で不在の場合がありますので、ご来所の際はお手数ですが事前にお電話いただけますと幸いです。

農業大学校における、手厚い1年間の研修からスタート

いよいよ山口県への移住が現実のものとなっていきます。楠さんは「新規農業就業者定着促進事業」という、自治体が一丸となって取り組んでいる就農者増加のための枠組みを活用して、就農の道すじを立てました。

その最初の1歩は、防府市にある山口県立農業大学校における1年間の社会人研修。これは本格的に農業への従事を目指す人を対象にしたフルタイムの研修で、栽培技術や飼養管理技術、農業経営の基礎知識などを修得する実践的なもの。興味がある人はぜひ山口県立農業大学校ホームページ「担い手養成研修」を参考にしてください。
>>山口県立農業大学校

研修中の楠さん。
(写真提供:山口県立農業大学校)

農業大学校での研修受講料は無料。さらに、冒頭にも触れた通り、条件をクリアできれば行政からの月12.5万円の補助金を受けとれます。楠さんは10ヶ月分、125万円の支援を受けたそう(「農業次世代人材投資資金」<現在は、就農準備資金>。細かい条件や手続きがありますので詳しくは、やまぐち農林振興公社までお問い合わせください)。
>>やまぐち農林振興公社
>>就農準備資金

楠さんによると、特にこの間に多くの資格を取得したのが、その後の実務に非常に役立っているとのこと。受験手数料などは実費負担となるそうですが、研修内容に資格取得のための内容も組み込まれているのだそうです。

楠さんが研修中に取得した資格はこちら。

  • ・危険物取扱者 乙種4類
  • ・大型特殊自動車免許(農耕車限定)
  • ・けん引免許(農耕車限定)
  • ・伐木作業特別教育
  • ・刈払機安全衛生教育
  • ・小型車両系建設機械運転特別教育
  • ・フォークリフト運転技能講習
  • ・ガス溶接技能講習
  • ・農業技術検定3級
  • ・狩猟免許(わな猟)
  • ・小型移動式クレーン運転技能講習
  • ・玉掛け技能講習
  • ・アーク溶接特別教育
こちらも研修中のお写真。
(写真提供:山口県立農業大学校)

楠さんが農業大学校に入った2019年、同期となる社会人研修生は全部で10人いました。移住者だけではなく、新たに就農を目指す地元の人もいたそうです。10代から50代まで幅広い世代の同期生と親しくなれたことも、よい経験となったそう。

楠さんの住まいは大学校に併設された寮で格安で提供されています。この1年間で地元の人との横のつながりもでき、同期生の「農業に対する情熱」に触れ、自身の農業への覚悟も決まっていったのだとか。親しく付き合う寮仲間もできたそうで、実はそれが奥さんとの出会いにもつながってゆくのです…が、その話は後ほど!

阿武町の農業法人は全部で7つ、研修後に「就職」したのは

阿武町には7つの農業法人があり、楠さんはこのうち「農事組合法人 福の里」にお勤めです。

「移住前のことですが、東京で開かれた『やまぐち移住就農セミナー』に山口県から農業法人が10社ほど出展しており、その時に『福の里』の前の経営者(組合長)の話を聞いたんです。『自分たちの地域は自分たちで守る』という経営理念と組合長の人柄に動かされました」

そうして研修を終えた楠さんは「福の里」への就職を決めたのでした。

さて「福の里」は主に米を生産している法人で、阿武町内130の組合農家が参画して成り立っています。従業員として勤務するのは楠さん含め3人。組合農家さんは高齢の方が多いそうですが、従業員3人は、30~40代。組合員(組合農家)と従業員が協働して115ヘクタール(東京ドーム24個分)の農地管理・生産をする、という体制です。

楠さんのお仕事の一日の流れは、7:30に家を出て8:00に出勤、農作業を行い12:00〜13:00がお昼休憩。午後も農作業を続け、17:00に業務が終了。農繁期の4月、5月、9月、10月は不定休で、その他の月は土日がお休み。土日に出勤した場合は代休が取得できるそうです。

阿武町の田園風景。
(写真提供:農事組合法人福の里)
(写真提供:農事組合法人福の里)

ずばり、農業による「年収」はおいくらか

お金の話について、オープンに話してくださった楠さん。

「前職最終年の年収は550万円でした。農大研修中の最初の1年は先ほど話したとおり125万円/年の補助金をいただきました。その後「福の里」に就農してから1年目の年収は260万円。以後は上昇して就農4年目の昨年は360万円です」

収入は、今後も次第に増やしていけるのでしょうか?

「増やそうと思えば増やせると思います。ただ、その分単純に『労働時間が増える』という構造です。というのは、「福の里」の業務としてあたる農作業とそこから得る基本的な月給とは別に、『請負』のようなかたちで追加の農作業をすることがあります。たとえば草刈り1ヘクタール分でいくら、田んぼの水の管理をいついつの期間やったらいくら、のような。この部分は、給与とは別の個人事業の収入になりまして、確定申告もします。つまりもっと稼ぐならもっと働く、となりますが、それをしたいかどうかですね」

大型コンバインもスタッフも総動員の稲刈り。
(写真提供:農事組合法人福の里)

農業大学校での研修に入る前に、就農予定の「市町」を決めておかなければならない件

様々な行政の支援制度も活用して、着実に移住&就農の道を歩まれたように見受けられる楠さん。なにか困ったことはなかったのでしょうか。

「本当は、1年の研修期間のうちにいろいろなところを見て回って、その上で就農先の法人を決めたいと思っていました。でも、農大研修中の補助金を受けるには、どこの市町で就農するかを先に決めておかなければならないんです。子供の頃から親しんでいた岩国市に住みたい思いもありましたし、市町を先に決めておかなければならないこと、そうなると受け入れてくれる農業法人の選択肢にも限りが出てくることについて、もうちょっと柔軟な制度にならないものかなという気持ちは正直ありました。
制約が厳しいがゆえに補助金を返還した、という人がいる話も聞きます。今後同様の制度を利用される方がいたら、ぜひ早めに考慮にいれておいて欲しいポイントです」

また、研修中の「農業次世代人材投資資金(現在の就農準備資金)」による毎月12.5万円の補助金は、失業保険受給者は対象外となるそうです。もし前職を退職したことで失業保険を受け取ることができるのであれば、上記に挙げたような市町を事前に決めるなどの制約もないわけで、よく検討をとのアドバイスもいただきました。

山口に来てからの出会い―持つべきものは、世話焼き寮仲間!

お待たせしました、例の件です。

「研修中、一緒に農大の寮で生活していた大田さんという年上の同期がおりまして。大田さんは確か東京でお勤めだったのが、離婚もして実家の山口に帰ってきたという状況だったんですけども。なぜか結婚の良さを力説してくるんです。寮で毎日その話(笑)。すごい熱量で一緒に婚活パーティに行こうと誘ってくるので根負けして、行ったんです。そうしたら…」

それは大田さん、してやったり、ですね!

「就農すれば収入が下がることは分かっていたので、一生独身でいるつもりでいたんですが、そんな状況も理解してくれたのが妻でした。農大研修中に付き合い始めて。妻は小学校の先生なのですが、その頃は防府市に住んでいました。阿武町までお弁当を作ってもってきてくれたときは嬉しかったです」

『田んぼで一休みしながら奥さんと一緒にお弁当を食べる楠さん』を勝手に想像して、盛大にニヤける筆者(やはり田んぼでは教科書の話で盛り上がるのかな…)。
2021年6月、めでたく二人はゴールイン。同期大田さんがラジオ番組にお祝いのメッセージを送り、それが放送中に読まれたことで、お二人の結婚のニュースは県内中に知れ渡ったそうですが、最後まで徹底した仕事ぶりの大田さんにも拍手!

週末に奥さんとご一緒に訪れた萩博物館で。

新婚の新居は新築でお願いします!

さてこのあとお二人は阿武町に新居を構えるわけですが…。

「地方の小さな町や集落で、賃貸物件はほとんどないんですよね。町営住宅か、家を建てるか、古民家を手に入れるか…となる。実際、仕事で知り合った地元の方が不動産市場には出ていない古民家の情報を教えてくれる、ということがあって。200坪・50万円・畑付き、井戸水も湧いている!という物件。『おっ!』と私は思ったんですが、妻には『だめっちゃ』と言われました(笑)

それで、ちょうど阿武町が分譲宅地を売り出していたこともあって、建てちゃうことにしました。土地は70坪で270万円。一括で払いました。阿武町ならこれぐらいで買えてしまいます。上物は35年ローンを組みました」

さらに、阿武町が実施する定住奨励として、Iターン奨励金の10万円と、新築住宅の取得のための補助金180万円を得ることができたそう。くわしくは以下の阿武町ホームページをご覧ください。
>>阿武町 各種定住奨励金のご案内

現地の取材チームが新居にお邪魔したところ、まるでモデルルームのようなおしゃれなインテリアに終始興奮。採光面積が大きく明るい室内は清々しい気持ちになります。おふたりのこだわりは、無垢材の床。温かみのある風合いの床が印象的でした。

現在、奥さんは車で25分ほどで通える萩市の学校にお勤めとのこと。楠さんも仕事現場まで25分ほど、ちょうど真ん中のお住まいだということです。

天井高く明るいモデルルーム、じゃなかった、リビングルーム。
こだわりの無垢の床材がやっぱり素適!

自分らしい生活を送りながらも、誰かのために…

東京育ちの楠さん、都会の暮らしに未練はないのでしょうか?

「東京のように、気軽にパッとレイトショーを見に映画館にいく、というようなことができないのはちょっとさみしいですが、でも東京はもうお腹いっぱい、という感じです。
あとは趣味が読書なので、都会である必要はなくて。日本のミステリーが好きです。最近ハマっているのは太田愛、学生の頃から好きなのは東野圭吾。図書館も好きですね。阿武に図書館はないのですが、萩の図書館を利用できるんです。
今は、妻と共通の趣味である、ドライブや温泉巡りも満喫しています。九州にも出かけて、とくによかったのは、佐賀県の嬉野温泉。ヌルヌルの湯質を堪能しました」

山口県に移住されたことで、自分の時間を大切にするようになったという楠さん。しかし同時に、素適なパートナーとめぐり会うことで、いっそう豊かな日常生活を送っていらっしゃることは間違いなさそうです(またニヤける筆者)。

田植え前後の夕景の美しさたるや…。
(写真提供:農事組合法人福の里)

移住・就農・結婚もして、ドラマチックに生き方を変えた楠さんですが、けして情熱的・野心的なタイプ、という感じではなくむしろ物静かで穏やかな物腰が印象的でした。「これから移住や就農を検討する人のために」「お世話になっている山口のために」と重要なところを丁寧にお話ししてくださる姿にもただただ感銘を受ける取材チーム。今回、楠さんのおかげでかなり情報量の多い記事になったのではと思います。山口への移住・就農について、もっと詳しいことが知りたい!と思った方はぜひ、県の移住相談窓口までお問い合わせください!

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